はじめに
前回のブログで第3の痛み「痛覚変調性疼痛」についてお話しました。
今回は、痛覚変調性疼痛のおさらいと、椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症と痛覚変調性疼痛の関連についてまとめます。
痛みには”3つの顔”がある
こんにちは、東京院の院長、山﨑です。
脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニア、椎間板の老化(変性)が長引くと、もともとの“押されて痛い”“神経がしびれる”といったはっきりした原因のある痛みが、脳や脊髄の回路が過敏になって増幅される痛みに姿を変えることがあります。これは、痛覚変調性疼痛(nociplastic pain) と移行していることを示唆しています。
タイプ | イメージ | 例 |
侵害受容性疼痛 | ケガ・炎症の信号 | ぎっくり腰 |
神経障害性疼痛 | 神経の損傷・誤作動 | 坐骨神経痛 |
痛覚変調性疼痛 | 脳が痛みを学習・増幅 | 繊維筋痛症、慢性腰痛の一部 |
長く続く刺激やストレスが重なると、最初の2タイプから3つ目の“脳が覚えた痛み”へフェーズチェンジすることがあります。
脊柱管狭窄症・椎間板ヘルニアが原因でも起こる?
疾患 | 変化が起こるタイミング | 特徴 |
脊柱管狭窄症 | 神経圧迫が数か月〜年単位で続く | 中枢感作が強いと手術後も 腰痛が残りやすい |
椎間板ヘルニア | 痛みが6か月以上続く | 中枢感作の有無で 術後の回復度合いが変わる |
椎間板変性症 | 慢性的な炎症が続く | 椎間板の炎症が 脳の痛みフィルターを過敏に |
それぞれの疾患によって変化が起こるタイミングや特徴が異なります。いずれも症状が続く場合は早めに医療機関を受診し、現在の身体の状態を知っておくことが何より重要です。
こんなサインは「脳が痛みを増幅している」かも
- 痛みの範囲が広がり左右にまたがる
- 服が触れる・冷えるだけでズキズキ
- 痛みがある割に画像検査では異常があまり見られない
- 眠りが浅く、だるさや気分の落ち込みが続く
いくつ当てはまりましたか?1つでも心当たりがある方は脳からの”危険なサイン”かもしれません。
対処のポイント「構造」と「脳」の両方にアプローチ
痛覚変調性疼痛は、見た目だけでは分かりにくい――しかし“実在する痛み”です。
方法 | 目的 | 具体的な方法 |
早期の圧迫解除・消炎 | 痛みの“学習”を予防 | ディスクシール治療、手術、ブロック注射、薬 |
運動療法 | 脳内の“痛みブレーキ”を強化 | 散歩、体幹トレー二ング |
痛みの教育 | 「痛み = 悪化サイン」から 「感度の問題」へ認知を修正 | ペインスクール |
心のケア | ストレスによる増幅を抑える | 認知行動療法、マインドフルネス |
薬物療法 | 中枢の痛み回路を整える | デュロキセチンなど |
まとめ・次回予告
- 椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症の痛みが何か月も続くと、脳が痛みを増幅する痛覚変調性疼痛に変わることがある。
- 痛みが広がる・軽い刺激で強く痛むときは「脳が覚えた痛み」を疑う。
- 早期治療+運動+心のケアで“痛みスイッチ”をオフにするチャンスが広がる。
経過が長く、痛覚変調性疼痛に移行している症例では、どれか一つの治療だけでは回復が不十分となります。早期治療をこころがけ、複数の治療を組み合わせることで、治療効果を最大化するようにします。 一人で悩まず、担当医・理学療法士・臨床心理士とチームを組んで取り組みましょう。
次回は痛みを和らげる「下行性疼痛抑制系」の仕組みについて解説します。痛みのメカニズムをもっと知りたい方は次回もお楽しみに!
参照文献(原著論文・ガイドライン)
Fitzcharles MA, Cohen SP, Clauw DJ, et al. Nociplastic pain: towards an understanding of prevalent pain conditions. Lancet. 2021;397(10289):2098 2110. DOI:10.1016/S0140 6736(21)00392 5.
Akeda K, Yamada J, Takegami N, et al. Central sensitization as a predictive factor for the surgical outcome in patients with lumbar spinal stenosis: a multicenter prospective study. Eur Spine J. 2023;32(12):4200 4209. DOI:10.1007/s00586 023 07687 4.
Iwasaki R, Miki T, Miyazaki M, et al. Neuropathic Pain Was Associated with Central Sensitivity Syndrome in Patients with Preoperative Lumbar Spinal Stenosis Using the painDETECT and Central Sensitization Inventory Questionnaires: A Cross-Sectional Study. Pain Res Manag. 2023;2023:9963627. DOI:10.1155/2023/9963627.
Yamada J, Akeda K, Takegami N, et al. Does Central Sensitization Influence Outcomes of Lumbar Discectomy Surgery in Patients With Lumbar Disc Herniation? A Multicenter Prospective Study. Global Spine J. 2023;14(8):2358 2365. DOI:10.1177/21925682231182333.
De Simone M, Choucha A, Ciaglia E, et al. Discogenic Low Back Pain: Anatomic and Pathophysiologic Characterization, Clinical Evaluation, Biomarkers, AI, and Treatment Options. J Clin Med. 2024;13(19):5915. DOI:10.3390/jcm13195915.
Flores S, Hernandez M Jr, Kalasho B. Discogenic Lumbar Pain. PM&R KnowledgeNow. Updated 17 Aug 2023. Accessed 24 Jul 2025.
日本整形外科学会・日本脊椎脊髄病学会. 腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン2021 改訂第2版. 南江堂; 2021.
この記事の著者

東京院 院長山﨑 文平
2006年:川﨑医科大学卒業・医師免許取得・大阪警察病院勤務、2007年:大阪大学医学部付属病院勤務、2009年:大阪府立急性期・総合医療センター勤務、2011年:大阪大学医学部付属病院勤務、2013年:国立成育医療研究センター勤務、2015年:社会医療法人財団石心会川﨑幸病院勤務、2022年:慶応義塾大学医学部HTA公的分析研究室特任研究員、2023年:野中腰痛クリニック勤務・研修を経てライセンス獲得