概略
椎間板ヘルニアの治療には、セルゲル法とディスクシール治療があります。セルゲル法は、DiscoGel®(ディスコゲル)を椎間板に注入し、髄核を溶かして椎間板内の圧力を下げる減圧治療です。セルゲル法には椎間板を修復、再生する効果はありません。また、脊柱管狭窄症やすべり症に施術することは禁忌となります。一方、ディスクシール治療は、フィブリノゲンとトロンビンを使い、損傷した椎間板を修復することで椎間板の機能改善を促す修復治療です。脊柱管狭窄症やすべり症にも対応可能です。各治療法の特徴と適応を理解し、最適な治療を選ぶことが重要です。
はじめに
当院の院長が以前勤めていた病院の先生が、椎間板ヘルニアを患い、当院で診察を受けられました。その際、ディスクシール治療とセルゲル法の違いについてご質問をいただきました。先日、この内容を動画でもご説明しましたが、今回はブログを通じて、皆様にも詳しくお伝えしたいと思います。
ディスクシール治療解説動画
椎間板について
椎間板は大きく2層構造になっております。外側が繊維輪と呼ばれ、17~18層の弾性繊維で形成されており、頑丈な作りになっています。内側は髄核と呼ばれ、コラーゲンやプレテオグリカンなどの水分が80%を占めるゼラチン状の構造物になっています。椎間板を車のタイヤで例えると、空気の代わりにゼラチンが入っている状態と言えます。
椎間板は腰のクッションであるため、負担がかかりやすく、過度の負荷がかかると車のタイヤと同じように、中の圧力が上昇し、変形してしまいます。そのように変形した状態を、膨隆型ヘルニアや突出型ヘルニアと言います。
さらに圧力が上昇すると、椎間板の外側の繊維輪が破れてしまい、中の髄核成分(コラーゲンやプロテオグリカンなど)が椎間板の外に漏れ出してしまい、激しい炎症を引き起こしてしまいます。例えるならば、タイヤがパンクした状態と同じで、脱出型ヘルニアと呼ばれます。
つまり、椎間板がタイヤのようにパンクした状態になると椎間板の容量が減少することになります。
治療法について
セルゲル法
治療方法
セルゲル法は、DiscoGel®(ディスコゲル)と呼ばれる物質を椎間板に投与する治療法です。ディスコゲルの成分はエチルアルコール(エタノール)、セルロース(ティッシュペーパーなどのパルプ繊維)、およびタングステン(重金属)で構成されています。
エチルアルコールは組織を化学的に融解させる作用があり、椎間板に投与することで髄核を溶かすことができます。これにより髄核の容量が減少し、圧力が下がることで、椎間板内の減圧を図ることができます。ただし、エチルアルコールは神経損傷を引き起こす可能性があるため、椎間板の外に漏れ出ないように注意が必要です。そのため、エチルアルコールはセルロースに含ませて投与されます。同時に、タングステンを混ぜることでレントゲンで椎間板外に漏れ出ないことを確認することができます。
この治療法は、椎間板の圧力が上昇した状態で行われるもので、膨隆型ヘルニアや突出型ヘルニアなどの治療に用いられます。
治療条件
椎間板ヘルニアによる疼痛(腰痛、坐骨神経痛など)があり、4~6週間の保存的治療をしても改善がなく、椎間板の容量が2/3以上残っている場合に限ります。
効果
治療後3~6ヵ月で大きな効果が期待されます。
副作用
治療後1~2週間は症状が一時的に悪化する可能性があります。理由として、インプラントによる減圧効果により、周囲の組織をけん引する為と考えられています。また、局所麻酔薬によるアレルギー反応出現の可能性が極めてわずかですが存在します。
2021年には、医学誌「Neurocirugía」にて、セルゲル法(DiscoGel®・ディスコゲル)の治療後に下垂足の症状が出ることが報告されています。
絶対的禁忌
- 遊離した椎間板片
- 分節不安定性(すべり症)
- 神経孔または脊柱管の狭窄(脊柱管狭窄症)
- 無症候性の椎間板膨隆
- 未治療の感染症および椎間板炎
- 妊娠
相対的禁忌
- 出血性素因(手術前に矯正する必要がある)
- 抗凝固療法(手術前に中断する必要がある)
- 椎間板の高さが2/3以上減少した重度の椎間板変性疾患
- 同じレベルで椎間板手術の履歴がある
コールマン医師の解説
フランスでDiscoGel®を取り入れた低侵襲の腰痛治療に従事している第一人者のコールマン医師の解説動画です。動画内(1:17~)でコールマン医師は「左の患者は明らかに椎間板ヘルニアがあり、広範囲脊柱管狭窄症も合併している場合、DiscoGel®は効果がないので外科的手術が適応となります。右の患者も同様で、椎間板ヘルニアと強い不安定性(すべり症)が見られるため手術が必要であり、DiscoGel®の適応ではありません。」と述べています。
ディスクシール治療
治療方法
ディスクシール治療は、フィブリノゲンとトロンビンを椎間板の中に投与する治療法です。フィブリノゲンとトロンビンは、生体が持っている朔の成分であり、組織の修復に使用されます。この治療法は、椎間板の外側にある繊維輪が損傷し、パンクした部分にこれらの成分を投与して、損傷を修復する治療です。
具体的には、膨隆型ヘルニアや突出型ヘルニアが重症化し、脱出型ヘルニアなど椎間板が破れて損傷した状態に対して行われます。ディスクシール治療は、損傷した椎間板を修復し、痛みや機能障害を軽減することを目的としています。
治療条件
線維輪の損傷が疑われる椎間板や骨化や終末期にまで進行していない椎間板(生きている椎間板)。
効果
治療後3~12ヵ月で大きな効果が期待されます。時間がかかる理由としては、椎間板内に血管が存在しないので、椎間板修復・再生の為に必要な成長因子が骨からゆっくりと浸潤する形で補われるためと考えられています。
副作用
治療後2週間程度は一時的に症状が悪化する可能性があります。ごく稀に椎間板の容量が増えたことによって周りの筋肉・関節や靭帯などの広がりにより筋肉痛や腰の違和感が出現することもあります。
セルゲル法とPLDD
一般的に、椎間板の容量が減少していない膨隆型ヘルニアや突出型ヘルニアには、セルゲル法(DiscoGel®)が適応されます。また、同じ効果が期待できるPLDD(経皮的椎間板レーザー減圧術)も有効な治療法です。下記にDiscoGel®とPLDDの治療成績の比較した論文を紐解いたものを記載します。
DiscoGel®とPLDDの治療成績の比較
学術雑誌Korean Journal of Pain
DiscoGel®とPLDDの比較研究結果です。患者72名を無作為に抽出して痛みの評価(NRS)、腰痛障害の数値評価(ODI)、二次治療への進行事情を集めて分析を行いました。
項目 | PLDD(36名) | DiscoGel®(36名) |
---|---|---|
年齢 | 44.6 ± 14.3 | 47.3 ± 2.0 |
性別(男:女) | 21:15 | 22:14 |
喫煙者 | 14 | 12 |
持続痛(月) | 13.3 ± 14.2 | 10.9 ± 6.9 |
痛み | 8.0 ± 1.5 | 8.0 ± 1.8 |
腰痛障害 | 83.8 ± 12.3 | 78.4 ± 14.7 |
全グループの治療前の平均NRSスコア(痛みの評価)は8.0でした。治療後12ヵ月の時点でDiscoGel®のグループのスコアが4.3、PLDDのグループのスコアが4.2まで減少したことが確認されました。
ODIスコア(腰痛障害の数値評価)も治療前平均の81.25%から大幅に下がり、DiscoGel®のグループは41.14%、PLDDのグループは52.86%と有意な変化が示されました。
以上のことから、PLDDもDiscoGel®も痛みの軽減において同等の治療効果が示されたと考えます。
当院でのDiscoGel®とPLDDの治療成績の比較
項目 | PLDD(25名) | DiscoGel®(25名) |
---|---|---|
平均年齢 | 53.2 | 57.8 |
性別(男:女) | 24:1 | 22:3 |
有効率(腰) | 75% | 73% |
有効率(下肢の痛み) | 81% | 81% |
有効率(しびれ) | 81% | 81% |
当院のPLDDとDiscoGel®の治療患者様の有効率の追跡調査です。PLDDとDiscoGel®の治療成績に大きな差がないことがわかります。
※当院ではDiscoGel®を用いた治療法をPIDT法と称していました。
当院のDiscoGel®とPLDDの患者様の年齢分布(25名)
一般的に、椎間板の容量が減少していない膨隆型ヘルニアや突出型ヘルニアには、DiscoGel®が適応され、主に若中年の患者様に適用されます。
当院のディスクシール治療の患者様の年齢分布(25名)
一方で、椎間板の損傷が進行し、脱出型ヘルニアや椎間板の潰れている場合、また脊柱管狭窄症や椎間孔狭窄症などの病気がある場合には、ディスクシール治療が有効です。この治療は、主に中高年の患者様に適用されることが多いです。
まとめ
椎間板ヘルニアの治療には、セルゲル法とディスクシール治療があります。セルゲル法は、DiscoGel®(ディスコゲル)を椎間板に注入し、髄核を溶かして椎間板内の圧力を下げる治療です。一方、ディスクシール治療は、損傷した椎間板を修復することで椎間板の機能改善を促す治療です。各治療法の特徴と適応を理解し、最適な治療を選ぶことが重要です。
当院のDiscoGel®を用いた治療について
当院は過去にDiscoGel®を使用したPIDT法(旧称:PIDD法)という治療を提供しておりました。しかし、上記に記したようにPLDDとの比較において治療成績に大きな差が見られない点、また、椎間板のボリュームが正常時の2/3程度残っている状態の椎間板ヘルニアにのみ対応という適応範囲が狭い点、なによりリスクが高い割に患者様への治療効果として不十分であるということが明らかになりました。
したがって、DiscoGel®には減圧治療としてもPLDDを上回るメリットが無いと判断し、今後DiscoGel®による治療は行わない方針と致しました。当院では患者様が安心して治療を受けられるよう、安全で効果的な治療方法を選択してまいりたいと考えております。
また、2018年より現在までにおいて当院でPIDT法(旧称:PIDD法)を受けられた患者様は、海外の適応基準に準じて治療を行っており、適応外使用は一切行ってはおりません。その点はご安心頂き、ご不安にならない様にお願い申し上げます。ご不明点やご不安点がございましたら、遠慮なくお問い合わせください。
参照元
①Asra Asgharzadeh, Naeimeh Khoshnood. Evaluating the Safety and Efficacy of Discogel in the Treatment of Herniated Lumbar Disc: A Systematic Review. Health Technology Assessment in Action, Vol 1, No 1 (2017)
②Salvatore Masala, et al. Overview on Percutaneous Therapies of Disc Diseases. Medicina (Kaunas). 2019 Aug; 55(8)
③Effectiveness of intradiscal injection of radiopaque gelified ethanol (DiscoGel®) versus percutaneous laser disc decompression in patients with chronic radicular low back pain,Korean J Pain. 2020 Jan; 33(1): 66–72.
参考文献のリンク
①Asra Asgharzadeh, Naeimeh Khoshnood. Evaluating the Safety and Efficacy of Discogel in the Treatment of Herniated Lumbar Disc: A Systematic Review. Health Technology Assessment in Action, Vol 1, No 1 (2017)
②Salvatore Masala, et al. Overview on Percutaneous Therapies of Disc Diseases. Medicina (Kaunas). 2019 Aug; 55(8)
③Effectiveness of intradiscal injection of radiopaque gelified ethanol (DiscoGel®) versus percutaneous laser disc decompression in patients with chronic radicular low back pain,Korean J Pain. 2020 Jan; 33(1): 66–72.
この記事の著者
医療法人蒼優会 理事長
NLC野中腰痛クリニック 院長野中 康行
2002年:川崎医科大学卒業・医師免許取得、2006年:神鋼加古川病院(現加古川中央市民病院)勤務、2011年:医療法人青心会郡山青藍病院(麻酔科・腰痛外来・救急科)勤務・医療法人青心会理事就任、2018年:ILC国際腰痛クリニック開設、2020年:医療法人康俊会開設・理事長就任、2021年:NLC野中腰痛クリニック開設、2023年:医療法人蒼優会開設・理事長就任