日本では行われていない海外での腰痛治療「人工椎間板」は次世代の医療機器となるのか?その安全性は?

目次

椎間板の損傷が起因の腰痛と椎間板治療

背骨を支えると同時に骨と骨の間でクッションの役割をする椎間板は、加齢等によって腰や臀部に痛みやしびれ等の症状を引き起こす原因となる部位でもあります。早期に治療しないと症状は日々悪化していき、日常生活に支障が出る可能性が有ります。通常は保存治療(薬物治療・物理治療)で症状を緩和させることが多いですが、保存治療が有効でない場合は椎間板減圧治療(レーザー治療・PLDD法)や椎間板再生治療(DST法・ディスクシール治療)等の身体への負担が少ない低侵襲治療を検討します。しかし、椎間板を修復できない状態になるまで腰痛を放置すると、外科的手術は避けられない可能性がでてきます。

日本で一般的な外科手術といえば椎間板切除術や固定術です。海外で10年前から使われている人工椎間板置換術は、近年国内でも受けられるようになりました。当院は椎間板治療専門的に行っていますので、患者様から人工椎間板置換術に関してよく質問されます。今回はこの次世代の治療法「人工椎間板置換術」について分かりやすく説明したいと思います。


次世代の外科的椎間板治療法「人工椎間板置換術」

人工椎間板置換術とは

人工椎間板置換術は椎間板変性によって引き起こされた痛みや衰弱、脊椎不安定症等に対応するための治療です。融合手術後の偽関節症(手術をしても骨がくっ付かない状態)や固定部の上下にある椎間板の破損等、潜在的なリスクを回避するために開発され、2000年代初頭にFDA(アメリカ食品医薬品局)の承認を得ました。手術の流れとしては、患者に全身麻酔をかけた上で背部を切開します。この開口部からクション機能が失われた椎間板を取り外し、人工椎間板と交換します。 術後の入院期間は平均しておよそ3~4日程度となっています。

人工椎間板置換術の手術目的

人工腰椎椎間板手術の手術目的は次の通りです。

  • クッションの役割を果たすことが出来なくなった椎間板を置き換えること
  • 失われた椎間板の高さを正常に戻すこと
  • 椎間板に起因する腰痛を軽減すること
  • 影響を受けた脊椎セグメント(部分)の可動性を維持すること
  • 患者の生活質を改善すること

人工椎間板置換術と脊椎固定手術の比較

人工椎間板置換術は脊椎固定手術と比較して下記のような利点があります。

  • 回復時間の短縮
  • 手術後の脊椎の可動性の向上
  • 隣接する椎間板への負荷の軽減
  • 骨移植片(患者自身の骨)を採取して使用する必要がない

人工椎間板置換術の科学研究と報告内容

人工椎間板置換術の科学研究と報告内容

European Spine Journal(2016年)

メタアナリシス(過去に独立して行われた複数の臨床研究のデータを収集・統合し、統計的方法を用いて解析した研究結果)に基づいた研究の結論によると、人工椎間板置換術は腰椎椎間板変性患者の治療に有効な技術である可能性があり、少なくとも腰椎固定術と同等の有効性があることを示唆しています。ただし、経年によるデメリットが出現する可能性があることを考えると、人工椎間板置換術の実施には注意する必要があることを強調する報告が確認されています。

International Journal of Spine Surgery(2022年)

腰部人工椎間板置換術を受けた16名の患者の平均17.2年の追跡調査を行い、臨床転帰(疾患・怪我等の治療における症状の経過や結果)を評価しました。その結果、16人の患者の内13人(81%)が仕事に復帰し、手術後平均9.1年間働いていました。さらに6人(38%)の患者が腰椎手術を受け、その内4人が脊椎固定術を受けました。

The Spine Journal(2021年)

人工椎間板置換術の短期、中期、および長期のフォローアップに関する最大の研究記事で、2005年1月1日から2013年9月30日までの間にニューヨーク州で腰部人工椎間板置換術を受けた1,368人の患者の再手術率が発表されました。2年間のフォローアップで8.8%、5年間のフォローアップで15.8%、10年間のフォローアップで19.5%の発生率が報告されています。


人工椎間板置換術は比較的安全ではあるが100%安全とは言い難い

発表された科学証拠を分析すると人工椎間板置換術は比較的に安全という結論が出ますが、100%安心することは難しいようです。なぜなら、他の外科的手術のように治療後にいくつかの合併症が発生する可能性があるからです。

潜在的な合併症の可能性

  • 人工椎間板の除去または交換のための追加手術の必要性
  • 人工椎間板の材料に対するアレルギー反応
  • 出血または血管の問題
  • 人工椎間板の破損や緩み、ズレの可能性
  • 感染症を含む切開の問題
  • 男性性機能障害
  • 痛みや違和感の発生
  • 麻酔による副作用
  • 腸活動への影響
  • 脊髄や神経の損傷
  • 髄液漏れ/硬膜(脊髄を覆う組織の層)の断裂

人工椎間板置換術の手術目的

残念ながら腰椎固定術の候補者全員が人工椎間板置換術の候補者ではありません。 最大のメリットを享受するには次の条件に合う必要があります。

  • 50歳未満であること
  • 椎間板を置き換えること
  • 治療を受ける椎間板に隣接する椎間板が比較的正常であること

50歳を超えると背骨の関節に関節炎が起こりやすくなり、病気になった椎間板を交換しても痛みが出続ける可能性が有ります。また、50歳以上のほとんどの女性と男性は、複数の椎間板が損傷しています。そのような場合は、脊椎固定術がより良い選択となります。

人工椎間板置換術と脊椎固定手術の比較

以下のような場合は、人工椎間板置換術は適切でない可能性が有ります。

  • 脊柱側弯症
  • 病的肥満
  • 以前に脊椎手術を受けたことがある


人工椎間板は100%安全な次世代の医療機器となりえるか?

腰椎人工椎間板置換術は安全と考えられていても、その有効性については医学界の中でもまだまだ議論があります。多くの科学研究により人工椎間板置換術を受けた患者は、術後に腰痛の改善や障害の軽減は見られたものの、通常の固定術との改善度合いの差はわずかで、大きな手術を受ける必要があるかどうか問われます。また、これらのインプラントの耐久性についても懸念されています。いくつかの研究結果の記録によると、人工椎間板が固定されず所定の位置から滑り落ちていることが確認され、重大な懸念材料となっています。さらには人工椎間板に使用している金属の長期的な摩耗についても合わせて懸念されています。

脊椎の動きを許容する耐荷重性インプラントは、時間の経過とともに摩耗粉を発生させる可能性があることが示されており、摩耗粉が脊椎に与える長期的な影響については現在のところ不明です。人工椎間板手術が脊椎固定術と比較してどの程度有効で安全であるかを適切に評価するためには、患者の長期的なモニタリングが不可欠です。

私見ではありますが、症状が深刻でない限り、身体に負担の少ない治療を尽くし、人工椎間板置換術を延期することをお勧めします。

人工椎間板は100%安全な次世代の医療機器となりえるか?

参考文献参照元

①Comparative study of short-term results between total artificial disc prosthesis and anterior lumbar interbody fusion - 2008 - P Moreno, J Boulot - Rev Chir Orthop Reparatrice Appar Mot (Volume 94, Issue 3, P 282-8)
②Total disc replacement versus fusion for lumbar degenerative disc disease: a systematic review of overlapping meta-analyses - 2017 - Fan Ding, Zhiwei Jia, Zhigang Zhao, Lin Xie, Xinfeng Gao, Dezhang Ma, Ming Liu - European Spine Journal (Volume 26, Issue 3, P 806-815)
③Long-Term Results of Charité Lumbar Disc Replacement: A 17-Year Follow-Up in a Workers' Compensation Cohort - 2022 - Jack Carlson, Matthew Giblin - International Journal of Spine Surgery (Volume 16, Issue 5, P 831-836)
④Complications of artificial disc replacement: a report of 27 patients with the SB Charité disc - 2003 - André van Ooij, F Cumhur Oner, Ab J Verbout - Journal of spinal disorders & techniques (Volume 16, Issue 4, P 369-83)
⑤Risk factors for reoperation after lumbar total disc replacement at short-, mid-, and long-term follow-up - 2021 - Dean C Perfetti, Jesse M Galina, Peter B Derman, Richard D Guyer, Donna D Ohnmeiss, Alexander M Satin - The Spine Journal (Volume 21, Issue 7, P 1110-1117)

参考文献のリンク

Comparative study of short-term results between total artificial disc prosthesis and anterior lumbar interbody fusion
Total disc replacement versus fusion for lumbar degenerative disc disease: a systematic review of overlapping meta-analyses
Long-Term Results of Charité Lumbar Disc Replacement: A 17-Year Follow-Up in a Workers' Compensation Cohort
Complications of artificial disc replacement: a report of 27 patients with the SB Charité disc
Risk factors for reoperation after lumbar total disc replacement at short-, mid-, and long-term follow-up

この記事の著者

医療法人蒼優会理事長・NLC野中腰痛クリニック院長:野中康行

医療法人蒼優会 理事長
NLC野中腰痛クリニック 院長野中 康行

2002年:川崎医科大学卒業・医師免許取得、2006年:神鋼加古川病院(現加古川中央市民病院)勤務、2011年:医療法人青心会郡山青藍病院(麻酔科・腰痛外来・救急科)勤務・医療法人青心会理事就任、2018年:ILC国際腰痛クリニック開設、2020年:医療法人康俊会開設・理事長就任、2021年:NLC野中腰痛クリニック開設、2023年:医療法人蒼優会開設・理事長就任