概略

脊柱管狭窄症は神経の通り道が狭まる病気です。慢性的な腰痛や坐骨神経痛、しびれ、間欠性跛行などの症状が出現することが特徴です。近年の研究により、理学療法は脊柱管狭窄症の治療に手術と同じくらい効果的であることがわかっています。手術はリスクの高い選択肢であり、理学療法が症状を緩和しない場合のみ検討する必要があります。


腰部脊柱管狭窄症に対する外科手術と理学療法の有意差について 序論

目次

はじめに

腰部脊柱管狭窄症の患者様へのアプローチとして、初めに理学療法や薬物療法が採用されますが、効果が見られない場合は外科手術が推奨されます。しかし、身体にメスを入れることが問題の根本的な解決になる保証があるのでしょうか?また、腰部脊柱管狭窄症に対する外科手術は理学療法よりも有効なのでしょうか?
今回は腰部脊柱管狭窄症に対する治療法の有意差に関して話したいと思います。


結論

近年の研究により、腰部脊柱管狭窄症の治療において理学療法が外科手術と同様の結果をもたらすことが明らかになりました。しかし、臨床現場においての解答は「場合による」です。


腰部脊柱管狭窄症

腰部脊柱管狭窄症は、神経が通っている脊柱管と言われる骨のトンネルが狭くなる病気です。神経がトンネルの中で圧迫され、炎症が生じることで神経痛が出現し、腰や脚の痛み、しびれや脱力感が特徴となります。この疾患は、年齢とともに発生率が高くなる傾向があります。

脊柱管狭窄症の代表的な症状

  • 鼠径部、臀部、大腿上部当たりの痛み(坐骨神経痛のような症状)
  • 立ったり歩いたりしているときに痛みがあり、座ったり、かがんで休んだりするとよくなる
  • 後屈すると痛みが増し、前屈姿勢で痛みが緩和される

外科手術と理学療法

腰部脊柱管狭窄症の痛みを和らげるために、椎弓切除術として知られる減圧術手術が行われることがあります。この手術の目的は、神経を圧迫している原因を取り除くことです。また、理学療法は外科手術と同じように腰痛の緩和に役立ちます。しかも、効果がほとんど変わらないことが多くの研究によって示唆されています。

Annals of Internal Medicine(2015年)

この研究は2000年11月から2007年9月まで行われました。合計169人の参加者(手術に同意した50歳以上の腰部脊柱管狭窄症の手術候補者)が無作為に割り当てられました。(87人が手術、82人が理学療法)
分析結果では、身体機能の平均改善値はそれぞれ手術群が22.4、理学療法群が19.2でグループ間に差は認められませんでした。この研究について担当したデリット博士は「手術はよりリスクの高い処置であり、合併症の確率はおよそ15%。しかもその半分は命に関わるものだ。対して理学療法は命に関わるような処置ではない」と理学療法の安全性とその効果について述べています。

Cochrane Database of Systematic Reviews(2016年)

この比較研究は、12,966の論文から26の論文を選別し、そのデータを基に無作為に5つのグループに分けた比較実験を行いました。その結果、腰部脊柱管狭窄症に対して外科的治療と保存的アプローチのどちらが優れているかを結論付ける根拠はほとんどありませんでした。ただし、外科手術において合併症などの発生率は10%~24%存在するが、保存的治療では報告例がないことに留意する必要があると示唆しました。

BMC Musculoskeletal Disorders(2022年)

日本で行われた研究で、理学療法(38人)または手術(186人)を受けた腰部脊柱管狭窄症患者224人を対象に比較しました。理学療法群には、週2回6週間の監視下理学療法が行われました。理学療法では手技療法や個人に合わせた運動、サイクリング、自重支持トレッドミル歩行などが行われ、手術群は脊椎固定術を伴う減圧手術、または伴わない減圧手術が行われました。その結果、治療法の特徴による違いに有意差はなく、1年後のすべての臨床転帰が一致したことが分かりました。


まとめ

腰部脊柱管狭窄症の治療において、理学療法は手術と同じくらい効果があるという研究論文を紹介しました。しかし、臨床現場において全ての治療法の決定はケースバイケースで行われるべきであり、特定の研究結果を過度に一般化すべきではありません。神経や脊髄の圧迫があまりにもひどい場合など、後遺症を残さないために手術が必要な場合もあります。しかし、すぐに手術が必要なケースは少なく、今回紹介した研究結果のように、リスクの高い外科手術を検討する前に理学療法や薬物治療などの保存療法を積極的に取り組むのが良いと考えます。腰部脊柱管狭窄症でお悩みの方は、主治医や専門医に治療法について相談し、最善の治療法を選択することをお勧めします。

腰部脊柱管狭窄症に対する外科手術と理学療法の有意差について 結論

参考文献参照元

①Surgery Versus Nonsurgical Treatment of Lumbar Spinal Stenosis A Randomized Trial - 2015 - Anthony Delitto, Sara R Piva, Charity G Moore, Julie M Fritz, Stephen R Wisniewski, Deborah A Josbeno, Mark Fye, William C Welch - Annals of Internal Medicine (Volume 162, Issue 7, P 465-73)
②Surgical versus non‐surgical treatment for lumbar spinal stenosis - 2016 - Fabio Zaina, Christy Tomkins-Lane, Eugene Carragee, Stefano Negrini - Cochrane Database of Systematic Reviews (2016(1):CD010264.)
③Supervised physical therapy versus surgery for patients with lumbar spinal stenosis: a propensity score-matched analysis - 2022 - Masakazu Minetama, Mamoru Kawakami, Masatoshi Teraguchi, Yoshio Enyo, Masafumi Nakagawa, Yoshio Yamamoto, Sachika Matsuo, Tomohiro Nakatani, Nana Sakon, Yukihiro Nakagawa - BMC Musculoskeletal Disorders (Volume 23, Issue 1, P 658)
④Nonoperative Treatment for Lumbar Spinal Stenosis Clinical and Outcome Results and a 3-Year Survivorship Analysis - 2000 - A C Simotas, F J Dorey, K K Hansraj, F Cammisa Jr - Spine (Volume 25, Issue 2, P 197-203)
⑤Long-Term Outcomes of Surgical and Nonsurgical Management of Lumbar Spinal Stenosis: 8 to 10 Year Results from the Maine Lumbar Spine Study - 2005 - Steven J Atlas, Robert B Keller, Yen A Wu, Richard A Deyo, Daniel E Singer - Spine (Volume 30, Issue 8, P 936-43)

参考文献のリンク

Surgery Versus Nonsurgical Treatment of Lumbar Spinal Stenosis A Randomized Trial
Surgical versus non‐surgical treatment for lumbar spinal stenosis
Supervised physical therapy versus surgery for patients with lumbar spinal stenosis: a propensity score-matched analysis
Nonoperative Treatment for Lumbar Spinal Stenosis Clinical and Outcome Results and a 3-Year Survivorship Analysis
Long-Term Outcomes of Surgical and Nonsurgical Management of Lumbar Spinal Stenosis: 8 to 10 Year Results from the Maine Lumbar Spine Study

この記事の著者

医療法人蒼優会理事長・NLC野中腰痛クリニック院長:野中康行

医療法人蒼優会 理事長
NLC野中腰痛クリニック 院長野中 康行

2002年:川崎医科大学卒業・医師免許取得、2006年:神鋼加古川病院(現加古川中央市民病院)勤務、2011年:医療法人青心会郡山青藍病院(麻酔科・腰痛外来・救急科)勤務・医療法人青心会理事就任、2018年:ILC国際腰痛クリニック開設、2020年:医療法人康俊会開設・理事長就任、2021年:NLC野中腰痛クリニック開設、2023年:医療法人蒼優会開設・理事長就任


腰部脊柱管狭窄症

腰部脊柱管狭窄症

腰部脊柱管狭窄症とは背骨にある神経の通り道「脊柱管」が狭くなる疾患です。腰痛、足の神経障害や歩行困難などの症状を引き起こします。